2009/04/17

二つのオーケストラ

つい先日、アメリカにおけるクラシック音楽の殿堂であるカーネギーホールで、YouTube Symphony Orchestra「ユーチューブ交響楽団」による演奏会が開かれた。指揮者は、(一部交替があったが)マイケル・ティルソン・トーマス。「現代音楽(ここでは「芸術音楽」という狭い領域における意味。以下も同様。)」に手腕を発揮してきた、ティルソン・トーマスの来歴から考えれば、この新奇なプロジェクトに選ばれたのは、妥当な人選であろう。




プログラム構成は、ティルソン・トーマスによるものかどうかは、ちょっとわからないが、ルー・ハリソンや、ヴィラ・ロボス、また、このプロジェクトに作品を提供したタン・ドゥンなど、意欲的なラインナップである。このコンサートの演奏評については、語りたいことが山ほどあるものの、ここはじっと我慢して、このプロジェクトそのものについて考えたいと思う。

こういった試みは、まさに前回、youtubeなどの動画投稿サイトに期待するところの、インターネットにおけるエンターテインメントの一次供給源としての機能を果たした格好の例である。動画投稿による団員の公募や、その応募動画をマッシュアップして作られた、タン・ドゥンの「インターネット交響曲」(この作品自体が、ベートーヴェンの英雄交響曲の第1楽章の動機や旋律、他の作品のフレーズをマッシュアップして構成されている。手法そのものはリヒャルト・シュトラウスのメタモル・フォーゼンの先例がある。)の演奏動画の配信など、「The road to Carnegie Hall」というわかりやすい(やや恥ずかしい)スローガンを掲げたり、グーグル社による意欲的な企画であった。

応募数3,000、配信された動画のうち再生数が最大のもので現時点で178万(応募を呼びかける動画)、ロンドン交響楽団による「インターネット交響曲」の演奏動画も、再生数145万回というアクセス数を記録している。この数字が大きいとみるかどうか。少なくとも、「クラシック」というジャンルでくくった上で考えれば、大変な反響であったとも言え(この手の「現代音楽」でこれほどの再生数を短期間で獲得することはまずありえない)、まずはプロジェクトとして成功であったと言えるのではないだろうか。

ただ、グーグル社やニューヨークタイムズが、「この種のものとしては初のオンライン・コラボレーション」、「the world’s first collaborative online orchestra」などと語っているようだが、ご存知の方も多いだろうか、この試み自体は、2年ほど前に既に「ニコニコ動画」において先んじて実現していたものである。

※参照
【ニコニコ動画】【☆ニコニコオーケストラ☆】ホールで『流星群』を演奏してみた


「クラシック音楽」と、「(主に)ゲーム・アニメ音楽」という、往年の「ハイ・カルチャー」と「サブ・カルチャー」という二項対立で語られるべきかどうか、瑣末な点で議論があるかもしれないが。

一つ指摘したいのは、ニコニコ動画においては、ユーザーが自発的にこの領域に辿り着いたという事実である。「ユーチューブ交響楽団」の様に、このサイトを運営しているニワンゴ社が主導でプロジェクトを推進させたというわけではなく、サイトに投稿されたメドレー音楽動画を中心にして、各ユーザー達の手によって、自然発生的にオーケストラが結成され、演奏されるに至ったのである。

優劣をつけるつもりはないが、文化現象としていずれが興味深い事例かと考えれば、自ずと答えははっきりするようにも思える。

ネット空間において、エンターテインメントの分野で企業が主導的に果たす役割ということについては、プロジェクトの規模による優位はあるかもしれない。しかし、実のところ、本当に新しい試みという点では、ユーザーに先回りをされ、企業には、あまり大きな期待はできないのだろうか。

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